劇団創造市場とは

劇団創造市場は茨城県土浦市を拠点に活動している劇団です。土浦市に自前の稽古場を持ち約40人の社会人や学生が役者やスタッフとして芝居を楽しんでいます。 (日本アマチュア演劇連盟・土浦市文化協会加盟)

通常の活動は地元土浦市をはじめ笠間市、つくば市、美浦村や小美玉市などでの公演活動です。年間の前半に親子で楽しめる作品や中・小・公民館ホールむけの作品を上演。後半には大・中ホール向けの本格的な作品を上演しています。また、冬場には有志による小劇場風の作品や実験的な芝居の上演を行っています。

1994年には県内のアマチュア劇団として初めて国民文化祭演劇祭に参加 (94年・三重県四日市市、97年・香川県高松市、05年福井県武生市、11年京都府京都市)、シェイクスピア作品を上演して好評をいただきました。2000年には東京の新国立劇場小ホールにおいて行われた全国アマチュア演劇祭に参加公演することができました。

私たちはこれからも大好きな芝居の活動を通じて皆様に楽しいひとときを過ごしていただく中で、地域の豊かな文化づくりにささやかながらかかわっていきたいと思います。地元の方々の稽古の見学も大歓迎、また、キャスト・スタッフはいつでも募集中です。お気軽に劇団に遊びに来て下さい!

なりたち

劇団創造市場は昭和45年、市内にある「ROCK」というJAZZ喫茶で生まれました。昭和45年というと、世界はベトナム戦争の最中にあり、日本では学生運動、そして三島由起夫の割腹自殺などがあった年でした。そういう時代を背景に誕生した理由ではありませんが、少なからず時代の影響を受けたものでありました。

「創造市場」という名はその昔、創立メンバーが芝居や音楽など総合的に芸術を追求する集団としてつけられた名だそうです。もともとこの劇団は、音楽や文学、絵画などの仲間が集まり、ギターや絵筆を持つ手を台本に持ちかえてのグループでした。初演はオリジナルの脚本で「雪の降る町」、そして同じくオリジナルの「風狂・風狂」を、45年、46年と上演し、自然のうちに活動が無くなってしまいました。

しかし、49年になると一つの転機が訪れました。初代代表の小野公士氏を中心に菊間氏等が再結成に向けて動きだしました。しかし当時の事です。稽古場も見つからず、芝居の「いろは」を習う人もいません。でも団員一丸となり一つの目標に向かっていくうちに、連帯感が生まれ、他のものではなく芝居というものを中心とした考えが芽生え、毎年コンスタントに公演を行なうようになっていったのです。この頃の稽古場は土浦公民館や青少年ホーム、道具作りは団員の家の庭先に作業灯を点して徹夜で公演前日につくるなど、今では考えられない活動をしていました。その後も活動は続けられ、毎年新しい作品に取り組み、稽古場も一つ所に落ち着き活動を繰り広げておりました。

創立10周年を迎える頃になると、顔ぶれも2/3程変わり、代表も小野氏から変わって、本公演と題した文化祭公演への参加も定着し、団員の数も増えてまいりました。そうした中で総力を結集して作られた作品「羅生門」はその集大成といってもよい大きな作品でありました。しかし、その作品をきっかけに「やる事はやった」という満足感から活動はマンネリ化し公演を行なうことすら義務的に考えるようになってしまいました。

しかし、そこでもう一つの転機がありました。それは科学博の後、昭和61年に訪れました。劇団創造市場も15年余りを過ぎ、演劇に対しての取り組みや情熱が薄れてゆき、活動自体にも活力がなくなってしまいました。「解散か?それともこのまま続けるか?」大きな岐路に立たされました。もうすでにこの時、在来の団員には選択をする力さえ残っていなかったのかも知れません。その時こんな考えが頭をよぎりました。

「誰か新しい人達に劇団の運命を委ねてみよう」そう考えると事はするすると進んでいきました。まず、情報紙、口コミ、ビラ等で宣伝、反応も上出来でした。一人、また一人と劇団の戸を叩く若い人達が集まってきました。劇団を取り巻く環境にも変化が出てきました。今までの公民館をまわって稽古場を探していたのが中川商事社長の中川清氏の御協力により真鍋の真延寺の仮のお堂が借りられるようになりました。協力して下さる人も増えていきました。「プロジェクト・レビュー」の関さん、新芸術の相馬さん等々、プロとして芝居の世界に生きている人達の影響は大きいものでした。失いつつあった情熱や活力を新人に与えたことはもちろん、我々古い団員達も同様でありました。良い演劇を創り喜んでもらいたい。そういう思いが次々と作品を作り上げて行きました。

昭和61年以降、太宰治の「おとぎ話」を初めにミュージカル「ファニー」等を上演し、土浦で開催された子ども芸術祭には唯一アマチュアとして参加し、堂々「知事賞」を頂きました。もう劇団には解散という言葉はありません。これからどういう芝居を繰り広げよう。そんな思いが団員達の心の中に満ちあふれていました。真延寺を劇団創造市場専用の稽古場として事務所を置き、電話もひきました。劇団は益々活気を増し、1年の間に6本の芝居を劇場やアトリエとなる稽古場で上演しました。そして今、我々は地元土浦市だけにとどまらず、広い地域での活動を目指し、より良い芝居をご覧になって頂く為、団員一丸となり精進していくつもりです。

代表あいさつ

皆様のおかげで、劇団創造市場は53周年を迎えることができました。
劇団創造市場は、舞台芸術がより高い市民権を持ち得るよう、質の高いお芝居をこれからも作ってまいる所存です。
また劇団では「誇りを持って舞台に立つ」を目標にたくさんの仲間を募っております。
経験の有る無し、上手下手関係なしに私たちと舞台を作ってみませんか。
今、劇団には新しい力が必要です。
劇団創造市場はいつでも扉を開いて皆さんをお待ちしております。
よろしければ一度遊びに来てください。
私たちは、皆さんをお待ちしています。
新たな一歩を踏み出せるかもしれません。